イラスト/宮本佳野(アイノベルス)
ここ5年、白黒(モノクローム)のイラスト以外を描かない水窪あきらには、作品の好評さとは裏腹に、いい噂がない。それでも以前から彼の画風に心惹かれていた編集者の藤野渉は挿絵を依頼するが…。
仕事はいい加減、人肌恋しければ知り合ったばかりの男とでも気軽に寝るような自堕落ぶり。しかしそんな水窪を、藤野は放っておくことができなかった。
誘われるままに身体を重ね、尚更、彼の絵を諦めきれずに―。
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藤野渉(ふじのわたる・25歳)×水窪あきら(みさくぼあきら・29歳)
学生の頃に見た、水窪のモノクロームの画集に惹き付けられた藤野は、編集者となって担当を任されたとき、本の挿絵に彼の絵を使いたいと考えます。ところが夏場の水窪は全く使い物にならないから無理だと周りから言われてしまいます。それでも編集長を口説き、水窪に仕事を依頼するため彼のマンションに向かった藤野は、ムッとする熱気に包まれた部屋、バスタブに張った水の中で全裸で眠っている水窪を発見します。
冷房が壊れてしまい、水の中で眠っていたという水窪。
結局初対面から藤野は水窪の面倒を否応なしに見ることになるんですが、年下で真っ直ぐな青年が、年上の綺麗でちょっと怠惰な雰囲気の年上の男のペースに嵌められてしまう気持ちがよくわかります。次に訪問したときは、今度はキンキンに冷えた冷房の下、水窪は床に転がって眠っていて身体は冷え切っており、「あっためて…」と抱きつかれ、まんまと食われてしまうんですね。
男なら誰とでも寝る。
自分もそういう男の一人、と藤野はそう思います。
水窪が夏場に弱いのは、多分に精神的なものが大きく作用していて、実は過去につきあっていた男との辛い別れが夏の出来事だったということがあります。水窪の中で、その恋はまだ終わっておらず、藤野に抱かれたあと、こっそりとベッドサイドの引き出しから写真を取り出しキスしているのを、藤野は見てしまいます。
水窪に仕事を以来することはできたものの、水窪の調子は上がらず、なかなか絵は仕上がりません。編集者として水窪の元に通い、身体を重ねるうちに、藤野は水窪に次第に本気で惹かれてしまいます。ですが、水窪が自分に求めるのは「身体」だけ。身体だけはすんなりと与えられるものの、決して与えられることのない「心」。自分の気持ちを抑えながらも藤野は苦しくなっていきます。しかもその別れた男の名前は「航(わたる」。自分の腕の中で呼ぶ名前さえ、自分のものではなかったというショック。
一方水窪ですが、彼の心は未だに昔の男に囚われています。
それは間違いないし、男と別れてからの水窪はどんな男とも寝てきたし、自堕落な生活を送ってきました。でも同じ男と続けて寝るのは珍しい水窪なのに、藤野と初めて寝た日からは、他の男には一切手を出していません。「藤野で満足している」とは本人の弁ですが、それ以外にも、甘えたり、我儘を言ったり、困った時には朝方でも呼びつけたりと、藤野を翻弄しているように見えながらも、実はどこかで藤野を求めるようになっているのではないか、と思わせるんですよね。決して藤野の身体だけを目的にしているのではなく、受け止めてくれる藤野を水窪も次第に求めるようになっているのがわかります。それでも心にある「男」の存在は消すことができず、そう簡単にはいかないんですが。
水窪がモノクロの絵を描き始めたのは男と別れてからで、彼の世界はいわば色を失っていたんですね。白黒の世界に飛び込んできたのが藤野で、まるで影のようだった水窪の世界に藤野が光を射して再び色づかせた、そんな感じです。本の表紙として頼まれた絵を、結局水窪は再び取り戻したカラーの世界で描きあげます。ところがこの絵が、藤野を決定的に傷つけてしまうことになります。
藤野は、実は、色覚異常です。
重度というわけではなく、特に赤や赤の入った色(紫、えんじ等)、緑、パステルカラーが、見えづらい。
編集者としてはマイナスだと思われますが、彼はそのことを打ち明けずにいました。それでも人と同じようにできると思っていたからです。今までも努力して免許も取ったし、仕事では自宅で色覚異常者用のPCソフトを使うことでフォローし、大きく困ることはないと考えていました。そうは思っていても心の中ではやはりコンップレックスとなっていて、だからこそ余計に何も言わずにいたんだと思います。水窪の絵に惹かれたのは、もちろん繊細で美しい線のせいもありましたが、大きな理由はそれがモノクロであったから。モノクロであれば、藤野はその美しさをそのまま認識できるんですね。
そうして惹かれた水窪の絵でしたが、結局水窪が本の表紙として最高の出来に仕上げたのはカラーの絵でした。再び取り戻した「色」を嬉々として藤森に見せる水窪でしたが、藤森にはその色がわかりません。そのことで抑えていたコンプレックスは表に噴出し、藤野は打ちのめされてしまいます。水窪と同じ世界を共有できない。それは藤野にとって耐え難いことでした。そして藤野は、ある晩弱い酒に酔って水窪の元を訪れたあげく、仕事を辞め住まいも引き払って姿を消してしまいます。水窪が色を取り戻したのは藤野のおかげだと思うんですよ。それなのにその藤野本人は、色を見ることができないとは。
藤野がいなくなったことで、水窪は自分の気持ちに気づきます。苦手な夏を物ともせず、あちこちに出向いて藤野を探し回る水窪。そんなとき別れた男が目の前に再び現れます。「忘れられない」と言って。けれど水窪の心はもう揺れることはありませんでした。
「会えてよかった」という水窪の言葉には、これできちんと終わることができるという思いが滲み出ています。
お話もとてもいいですし、年下攻め好きのツボにもきっちりハマる作品でした。
藤野の目の障害は、始めはそんなに大きな意味を持つようには思えなかったんですが、ラストにとても綺麗に着地していましたね。綺麗な朝焼けを二人で見るシーンですが。
水窪にはそれが綺麗な「茜色」に見えても、藤野にはそれがわからない。でも綺麗だということはわかる。
―見え方の違いを、色につけられた名称を駆使して追いかけることに何の意味があるだろう。
世界は美しく、名前のない色で満ちているのだ。―(本文より)
藤野渉(ふじのわたる・25歳)×水窪あきら(みさくぼあきら・29歳)
学生の頃に見た、水窪のモノクロームの画集に惹き付けられた藤野は、編集者となって担当を任されたとき、本の挿絵に彼の絵を使いたいと考えます。ところが夏場の水窪は全く使い物にならないから無理だと周りから言われてしまいます。それでも編集長を口説き、水窪に仕事を依頼するため彼のマンションに向かった藤野は、ムッとする熱気に包まれた部屋、バスタブに張った水の中で全裸で眠っている水窪を発見します。
冷房が壊れてしまい、水の中で眠っていたという水窪。
結局初対面から藤野は水窪の面倒を否応なしに見ることになるんですが、年下で真っ直ぐな青年が、年上の綺麗でちょっと怠惰な雰囲気の年上の男のペースに嵌められてしまう気持ちがよくわかります。次に訪問したときは、今度はキンキンに冷えた冷房の下、水窪は床に転がって眠っていて身体は冷え切っており、「あっためて…」と抱きつかれ、まんまと食われてしまうんですね。
男なら誰とでも寝る。
自分もそういう男の一人、と藤野はそう思います。
水窪が夏場に弱いのは、多分に精神的なものが大きく作用していて、実は過去につきあっていた男との辛い別れが夏の出来事だったということがあります。水窪の中で、その恋はまだ終わっておらず、藤野に抱かれたあと、こっそりとベッドサイドの引き出しから写真を取り出しキスしているのを、藤野は見てしまいます。
水窪に仕事を以来することはできたものの、水窪の調子は上がらず、なかなか絵は仕上がりません。編集者として水窪の元に通い、身体を重ねるうちに、藤野は水窪に次第に本気で惹かれてしまいます。ですが、水窪が自分に求めるのは「身体」だけ。身体だけはすんなりと与えられるものの、決して与えられることのない「心」。自分の気持ちを抑えながらも藤野は苦しくなっていきます。しかもその別れた男の名前は「航(わたる」。自分の腕の中で呼ぶ名前さえ、自分のものではなかったというショック。
一方水窪ですが、彼の心は未だに昔の男に囚われています。
それは間違いないし、男と別れてからの水窪はどんな男とも寝てきたし、自堕落な生活を送ってきました。でも同じ男と続けて寝るのは珍しい水窪なのに、藤野と初めて寝た日からは、他の男には一切手を出していません。「藤野で満足している」とは本人の弁ですが、それ以外にも、甘えたり、我儘を言ったり、困った時には朝方でも呼びつけたりと、藤野を翻弄しているように見えながらも、実はどこかで藤野を求めるようになっているのではないか、と思わせるんですよね。決して藤野の身体だけを目的にしているのではなく、受け止めてくれる藤野を水窪も次第に求めるようになっているのがわかります。それでも心にある「男」の存在は消すことができず、そう簡単にはいかないんですが。
水窪がモノクロの絵を描き始めたのは男と別れてからで、彼の世界はいわば色を失っていたんですね。白黒の世界に飛び込んできたのが藤野で、まるで影のようだった水窪の世界に藤野が光を射して再び色づかせた、そんな感じです。本の表紙として頼まれた絵を、結局水窪は再び取り戻したカラーの世界で描きあげます。ところがこの絵が、藤野を決定的に傷つけてしまうことになります。
藤野は、実は、色覚異常です。
重度というわけではなく、特に赤や赤の入った色(紫、えんじ等)、緑、パステルカラーが、見えづらい。
編集者としてはマイナスだと思われますが、彼はそのことを打ち明けずにいました。それでも人と同じようにできると思っていたからです。今までも努力して免許も取ったし、仕事では自宅で色覚異常者用のPCソフトを使うことでフォローし、大きく困ることはないと考えていました。そうは思っていても心の中ではやはりコンップレックスとなっていて、だからこそ余計に何も言わずにいたんだと思います。水窪の絵に惹かれたのは、もちろん繊細で美しい線のせいもありましたが、大きな理由はそれがモノクロであったから。モノクロであれば、藤野はその美しさをそのまま認識できるんですね。
そうして惹かれた水窪の絵でしたが、結局水窪が本の表紙として最高の出来に仕上げたのはカラーの絵でした。再び取り戻した「色」を嬉々として藤森に見せる水窪でしたが、藤森にはその色がわかりません。そのことで抑えていたコンプレックスは表に噴出し、藤野は打ちのめされてしまいます。水窪と同じ世界を共有できない。それは藤野にとって耐え難いことでした。そして藤野は、ある晩弱い酒に酔って水窪の元を訪れたあげく、仕事を辞め住まいも引き払って姿を消してしまいます。水窪が色を取り戻したのは藤野のおかげだと思うんですよ。それなのにその藤野本人は、色を見ることができないとは。
藤野がいなくなったことで、水窪は自分の気持ちに気づきます。苦手な夏を物ともせず、あちこちに出向いて藤野を探し回る水窪。そんなとき別れた男が目の前に再び現れます。「忘れられない」と言って。けれど水窪の心はもう揺れることはありませんでした。
「会えてよかった」という水窪の言葉には、これできちんと終わることができるという思いが滲み出ています。
お話もとてもいいですし、年下攻め好きのツボにもきっちりハマる作品でした。
藤野の目の障害は、始めはそんなに大きな意味を持つようには思えなかったんですが、ラストにとても綺麗に着地していましたね。綺麗な朝焼けを二人で見るシーンですが。
水窪にはそれが綺麗な「茜色」に見えても、藤野にはそれがわからない。でも綺麗だということはわかる。
―見え方の違いを、色につけられた名称を駆使して追いかけることに何の意味があるだろう。
世界は美しく、名前のない色で満ちているのだ。―(本文より)
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